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高野山(和歌山)とは?

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和歌山県をはじめとする紀伊半島には紀伊山地の山々が連なります。

標高1,000メートルを超える山々に囲まれた中に標高のやや低い平坦地が存在します。それが高野山(こうやさん)です。

高野山(こうやさん)は、和歌山県の北部にある伊都郡高野町にある場所です。

高野山の歴史は今からおよそ1,200年ほど前にまでさかのぼります。

平安時代前期の816年(弘仁7年)、弘法大師とも呼ばれる空海がこの場所に真言密教の修業の場を開いたのがその始まりです。

この空海という僧侶は中国に留学して仏教を学んだ真言宗の開祖で、真言密教を日本にもたらした人物です。

空海は嵯峨天皇からこの場所を賜り、禅宗の修業の場としてここに金剛峰寺を建てました。

高野山真言宗の総本山です。この寺院の山号は「高野山」で、ここを中心とした一帯もやはり高野山と呼ばれています。

以後1,200年もの間この場所で多くの僧侶が修業に励み、また一般の多くの人々が参詣に訪れ、山岳地帯に位置する宗教都市としての歴史を重ねてきました。

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高野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコ世界遺産に登録

2004年(平成16年)7月、金剛峰寺境内や参詣道などを含むこのエリアは、近隣に他の霊場や参道と共にユネスコ世界遺産に登録されました。その登録名称は「紀伊山地の霊場と参詣道」で、日本で12番目に登録された世界遺産です。

標高約800メートルの平坦地に位置するここ高野山は、1,000年以上もの間いわゆる「女人禁制」の地となってきました。

つまり、高野山の中心部へは女性の立ち入りが禁じられていたわけです。

門から先への立ち入りが禁じられた女性たちは、どれほど熱心に高野山を信仰していてもその周囲を巡ることしか許されませんでした。

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高野山の「女人禁制」が解除

しかし、1872年(明治5年)にこの女人禁制が解かれ、今では女性も自由に参拝することが可能となっています。

このため、今では男女の別なく年間180万人の観光客が訪れる場所となりました。

高野山には金剛峰寺を中心として多くの寺院が立ち並びます。

最も多い時期には2,000もの寺院があったと言われます。こうした数々の寺院はすべて金剛峰寺の境内に建てられています。

というのも、高野山の山内はすべて金剛峰寺の「一山境内地」とされているからです。

現在でもこの高野山の中には由緒ある建物が数多く存在し、観光スポットともなっています。その1つが「壇上伽藍」で、空海が高野山に最初に開いた修行場とされています。

この中には高さ48.5メートルの多宝塔である「根本大塔」、高野山の総本堂である「金堂」、空海が住んだ場所とされる「御影堂」などがあります。そして、壇上伽藍と共に高野山の二大聖地とされているのか「奥之院」です。

樹齢700年の杉立木の並ぶ「奥之院参道」や空海の霊廟に一番近い橋である「御廟橋」などが含まれるエリアです。

高野山へのアクセス

さて、高野山に訪れるためのルート、すなわち参詣道はいくつかあります。古くから高野山へは7つのルートから入ることができました。

「高野七口」と呼ばれる参詣道です。

このうち最も長いルートが正式な参詣道とされており、これは空海が高野山に入る際に用いたルートと言われています。

昔の人々はこうした参詣道を通ってすべて徒歩で高野山へ至りましたが、現在では公共交通や自家用車を利用したアクセスが可能となっています。

たとえば、南海電鉄高野線の極楽橋駅で下車して「高野山ケーブルカー」に乗り換えると高野山駅まで行くことができます。

ここからバスを利用すれば金剛峰寺までの所要時間は約12分です。さらにバスや徒歩で移動すれば、高野山にある他の名所へ行くことができます。

また、近隣には国道370号と371号、国道480号、県道53号や118号などが整備されているので、マイカーを利用した観光にも便利な場所となっています。

高速道路の最寄りのインターチェンジは、阪和自動車道の泉南ICもしくは南阪奈道路の羽曳野ICです。

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